米国特許の三本柱として次の要件が言われる:
- Usefulness/Utility (有用性、実用性)
- Novelty (新規性)
- Non-obvious (非自明性)
特許侵害訴訟においては、侵害対象となった特許の有効性がまず争われることが多い。一般的に「Validity Phase」と言われるステップだ。特許庁審査を経て一旦は成立した特許であっても、裁判判断により特許が「無効」とされることもある。特許が無効であれば、侵害の有無に関する判断(=「Infringement Phase」)すら不要ということになってしまう。
Validity Phaseにおける「特許無効判断」が控訴され、その控訴の過程で特許成立の様々な条件、要件解釈につながる判例が多くうまれている。その判例のひとつに Cuno Engineering Corp. v. Automatic Devices Corp. (314 U.S. 84)がある。1941年、連邦最高裁判所の判例だ。
裁判の争点になったのは「Mead Patent」と呼ばれる、1927年出願、1929年に成立したもの。乗用車についている「シガレットライター」。ポンと押し込むとスイッチが入り、ライターが温まる。十分に温まったところで着火準備OK、タバコに火をつけられる。この基本メカニズムは20
年代の頃からあまり変わってないようだ。判例を読むと実に細かく、ライターの進化が説明されている。最初は発熱コイルが繋がったままだったのが、1921年に成立したMorris 特許により「ワイヤレス」なものに進化した。発熱コイルがライターの「筒」の部分に内蔵され、その筒をライターケースに装着し押し込むことで発熱体が起動される。ところがワイヤレスになったものの、「押し込む」ステップは手作業に頼っていた。(手で押さえないと発熱が途中で止まってしまう。)
そこにMeadさんが発明したのは完全自動発熱ライター。押し込んだままの状態で放置しても後は温度制御装置により適切な温度に到達し、用事が終わると自動的にクールオフする、というものだった。
Mead特許は果たして、特許性があったのか?特許としての要件を満たしていたのか?裁判は一転二転し、最高裁判所にまで至った。結論から言うと、裁判所の判断は「特許無効」。
"Mead's addition to the so-called wireless or cordless lighter of a thermostatic control . . . was not an invention, but a mere exercise of the skill of the calling, and an advance plainly indicated by the prior art. That Mead's combination performed a new and useful function did not make it patentable. The new device, however useful, must reveal the flash of creative genius, not merely the skill of the calling."
要約すると、これまでの技術の流れの自然の延長線上にあり、職人的技術を磨いたにすぎない。Mead氏が編み出した新しいコンビネーションは新しい、実用的な機能を果たしているが特許性には至っていない。特許に足る新しいデバイスというのは「天才的ひらめき」を表すものであるべき、と。
この「天才的ひらめき」はその後、1952年に現在の特許法が導入されるまでの10年ほどの間、特許有効性の一つのスタンダードとされた。「天才のひらめき」によるものなのか、ただの職人技なのか。いくつもの裁判がこの点に焦点をあてていただろう。
それにしても、天才のひらめきって一体。。。なに?「発明」のイメージに重なる感じはする一方、曖昧かつ主観的で法解釈の基準としては何とも悩ましい気がする。
法的には1952年の特許法改正により上記三つの柱が正式に法制化され、以降「Flash of Genius」要件はNon-obvious (非自明性)のスタンダードに変わっている。確かに、「自明かどうか」という方が「天才的かどうか」よりも正当な判断基準と言えるだろう。
さて、現在「Flash of Genius」を検索するとトップに出るのは上記のライター判例でなく、2008年の同名の映画だ。マイナーな映画で終わってしまったようだが、とても面白かった。
フォード、クライスラー、GM − アメリカ自動車業界ビッグ3を一人で相手取り、多額の賠償金を勝ち取る勝訴にいたった発明家、Robert Kearneの「訴訟半生」を描くもの。おすすめの一作だ。
Kearne博士が発明し、自動車メーカーとの訴訟の対象になった特許はワイパーの新しい機能。1969年成立のもの。今ではほぼ全車に標準装備されている「Intermittent」設定。ワイパーが一定の速度とリズムで動く標準設定に加え、小降りの雨に役立つ、断続(間欠)的スピードを可能にしたのがKearne博士の新しい装置だった。確かに、小降りの中で運転する時にワイパーが常に動いていると逆に前が見にくくなる。休み休み動いてくれるので十分なのだ。
今となっては普通のことだし、何気なく使っているが、当時は「おー、これは何と役に立つ!」と皆に驚かれたらしい。確かに当時のワイパー技術にすれば有用性があり、新規性もあり、非自明の技術と言えただろう。映画ではプロトタイプを搭載したKearne家ファミリーカーが登場する。待ちに待った小雨の日、家族は嬉々として車にのりこみ、Intermittent設定でワイパーONに。道行く歩行者、そして対向車、誰もが口あんぐりと見ている。「あれは、いったい、何がどうなっているのだろう」と。羨望のまなざしを受けて、ほくそ笑むKearne博士。その辺りの描写がとてもリアルで面白かった。
Kearne氏はこの発明を自動車各社に売り込み、特にフォード社が興味を示した。ところが納品の最終契約寸前で先方が突然に理由もなく断ってきた。後で分かったのは、フォードはどうやら「自分達で」同じものを開発したらしい。GMもしかり。クライスラーもしかり。
「自分達で」発明したなんてことはない。発明を盗まれた、特許の侵害だ。憤慨するKearne博士はビッグ3を相手に訴訟を起こす。ところが、地元デトロイト市(というかミシガン州全体)の経済の大黒柱に喧嘩を売るのは決して容易いことではない。会う弁護士ことごとく、尻込みするか、早期和解を促すばかり。最終的に、Kearne博士は自分で訴訟の代理人をつとめる決断をする。
苦節20年近く、こぎつけた裁判は1990年にやっと実現する。その長い道のりでは得たものもあったが、彼個人として失ったものも多かった。度重なる(しかもその度に金額があがる)和解オファーを断り続け、「金じゃない、自分が求めているのは「justice」だ」と語った。フォードは自分の技術を盗んだのだ。その泥棒行為を裁判という公的な場で暴きたい。それこそが自分の求める真の「justice」だと。
裁判の結果およびそこに至る過程で彼が払った代償は是非映画の方で見ていただきたい。ちなみに裁判での証言シーンでは彼の発明の発端になった「天才的ひらめき」が語られる場面もあるのでお楽しみに。特許訴訟における法的なレレバンスは低いものの、ヒューマンストーリーとしては面白い。
ある意味でKearne氏はヒーローだったのだ。発明家としてのピュアな志を最後まで貫き、一度もゆるぐことはなかった。彼が信じる「正義」の飽くなき追求はかっこ良くもあり、潔く映った。
雨の日、ワイパーのスイッチを入れながらいつもKearne氏を思い出すようになった。ご本人は2005年に亡くなっている。享年78歳。

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