2008年12月14日日曜日

Where is your heart?

旦那が録画しておいてくれたので、ドラマ「斉藤さん」をまた見た。
話の途中から見たので前後の脈絡が分からなかったが、どうやら斉藤さんの地元の市長や市議会議員がからんだ汚職事件らしい。斉藤さんの未近のお友達も関わっているらしく、斉藤さんはまだ「もう一仕事しなくちゃ」と、市議会に果敢に乗り込み、傍聴席からもの申すことに。

発言内容は「本当のことをちゃんと言ってください」と若手市議会員にけしかける。
「政治はそんなに簡単なものではない」との返事に畳み掛けるように切り返す斉藤さん。
「難しいことの話をしているんじゃない。あなたの気持ちの問題を聞いているのです。」

私が英訳字幕を作るとしたら:「What I want to know is, where is your heart?」と訳す。

政治は決して「気持ち」でやるものではないとは思う。
ただ、やはり世の民としてはリーダーのHeartがどこにあるか、気になるのも事実。アメリカの選挙では候補者の宗教/信仰は重要情報の一つ。まさに、その人のHeartがどこにあるのかの現れだからだと思う。

来年1月20日正午、バラック フセイン オバマ氏の大統領宣誓式がワシントンDCで行われる。ちなみにこの宣誓式の日取りと時間は修正憲法20条(Amendment 20) で決められている。それ以前は大統領交代のロジスティックスに時間を要したため、3月4日が大統領、副大統領、議会それぞれの就任日となっていたが、それでは選挙日(前年11月の第一火曜日)からの時間経過が長過ぎると、1933年に修正されたものだ。

宣誓の言葉は米国憲法第2条1章で以下のように規定されている。「大統領としての義務を全うし、何があっても憲法を守る」というものだ。

「I do solemnly swear that I will faithfully execute the office of President of the United States, and will to the best of my ability, preserve, protect, and defend the Constitution of the United States.」

宣誓式を報道等で見た人は多いと思うが、上記の宣誓の最後は「so help me God (神よ、力をお借しください)」で締めくくられている。

So help me Godは本来は宣誓文に含まれていないのは政教分離の理論からすれば当然。しかし、歴代の大統領はこの言葉を最後に加えている。初代大統領だったワシントン大統領がどうたったのか、歴史は明らかでないらしいが。少なくともルーズベルト大統領以降の近代大統領についてはその事実が確認されている。

大統領が個人的考えをもとに神の名のもとに宣誓をすることは政教分離に違反しないのだろうか。誰しも重要な場で自分を導く指針を持っているわけで、大統領がこの一番の晴れ舞台でそれを明確にしているだけのこと、ととらえれば問題ないように思う。

しかしどうしても納得できないのは、宣誓式の先導役を担う最高裁主判事(Chief Justice of the Supreme Court)が So help me Godを含めた宣誓文を読み上げていることだ。「大統領から依頼があればこの言葉を含む」という段取りになっているのだと予測するが、この最後の言葉だけは大統領が個人的に読み上げるのが自然に思える。

米国歴史市場はじめてで唯一の「カソリック教大統領」だったケネディー大統領。彼の宣誓式の模様はこちらのビデオで見れる。(2:00あたりから宣誓文の読み上げ。)

私のイメージの中ではさらに、宣誓時に聖書に右手をのせる大統領の姿がある。これも写真記録が残っている現代大統領については確認済み。誰が聖書を持つのか、聖書は開いているのか閉じているのか、開いているとしたらどのページに手をのせているのか。Wikipediaにきれいにその記録がまとめらている。(Wikipedia、ありがとう!)

クリントン大統領の宣誓式の写真はこちら。クリントン夫人が聖書を持って立っているが、これはクリントン家のFamily Bibleらしい。(宣誓式のためにあらたにあつらえたものでなく。)
彼は大統領として二期勤めているが、二回目の就任時に手をのせていた、思い入れの文面は旧約聖書イゼヤ書のものらしい:

「人々はあなたの古い廃虚を築き直し/あなたは代々の礎を据え直す。人はあなたを「城壁の破れを直す者」と呼び/「道を直して、人を再び住まわせる者」と呼ぶ。」

彼の大統領の時代を振り返ると、なんとなく納得できるような。。。

オバマ政権誕生の舞台設定で聖書はどのように使われるのだろうか。やはりミッシェル夫人が聖書を持つのだろう。どのページに開いて、彼はどのような「気持ち」を込めて、この激動の時代のリーダーとしての心意気を宣言するのだろう。今からとても楽しみだ。