ロースクールの基本授業の一つに「不法行為 (Torts)」がある。「1L」
と呼ばれるロースクール1年目(注:アメリカの法科博士号は3年コース)の必須科目。(ちなみに私はこの授業が結構すき だったのに、妙に成績が悪かった。。。。)簡単に言うと「被害/損害が発生しました、その法的責任の所在は?」という内容。損害の中身はPersonal Injury、つまり「個人的に身体的/精神的苦痛を強いられた」というのが殆ど。その中で、ロースクール経験者なら誰もが知っている有名な判例がある。
Palsgraf vs. Long Island Railroad Co.(162 N.E. 99 (N.Y. 1928)
裁判に至ったのはニューヨーク近郊、Long Island Railroad会社が運営する通勤路線での事故。8月のニューヨーク、残暑厳しき折の日曜日の午後。普段は主として通勤に使われるこの路線もこの週末の日にはビーチに向かう人々でにぎわっていた。出発寸前に飛び乗ろうと、ある男性がホームを走ってきた。駅員は気を利かせて、手を貸した。朝の山手線に押し込まれるように、「荷物ごと」押し込まれた乗客。押された勢いで彼はつまずき、荷物を落としてしまった。本人以外は知る由もなかったが、その荷物の中身はなんと、花火や火薬だった。箱ごとホームと線路の間の隙間に落ち、派手に起爆。その衝撃で、向かいホームにあった重量計まで倒れてしまう。その重量計の隣にたまたま立っていたのがこの裁判の 原告、Mrs. Helen Palsgraf。ニューヨークではWorking Class の代名詞とも言えるQueens地区在住、43歳、専業主婦。
不運の連続のような出来事の結果、Palsgraff夫人は大怪我を負った。怪我の責任はLong Island Railroadが負うべし、と大きな鉄道会社を相手とって訴訟を起こした。鉄道会社は当然、反論。「自分達の責任ではない。花火を持ち込む乗客も悪い」と。しかし陪審員の軍配はPalsgraff夫人に。鉄道会社は彼女に$6,000の損害賠償を払え、と。
Long Island Railroadは控訴、裁判はニューヨーク州最高裁に。アメリカ法曹史ではトップにあがる有名なカルドゾ判事による判決は陪審員の結論を覆すもの。簡単に言えば「合理的に予見できなかった被害に対する責任はない」と。「駅員が乗客を助ける」という行為から「重量計が倒れて誰かが下敷きになって怪我をする」という結果は予見の範囲内ではない、よってPalsgraff夫人の敗訴、と。
この判例は80年後の今も有効なものとして、ロースクールの教材だけでなく、実際の裁判でもまだ引用される。
さて、このPalsgraff夫人、なかなか度胸があったな、と思う。お母さんとして日々家庭の切盛りをしていた彼女が訴訟まで起こしたのは相当の覚悟が必要だったのでは?でも、当時の社会背景の後押しもあったかもしれない。1910年代は女性解放運動のまっただなか。女性の独立/解放をうたったデモが都市部を中心に繰り広げられ、1920年には改正憲法19条が施行され、婦人参政権が確立された。
それとも単に近所の井戸端会議で誰かから入り知恵があったのかも。情報源が限られていた当時、たとえば近所の誰々さんは怪我をしたけど、訴えたら病院代とか全部カバーされて、賠償金まで入ったとかいう情報は重く響いた気もする。「お母さんが怪我して以来、家の中は大変、お医者さんへの支払いも滞って。。。なんて状況のなか、大鉄道会社による損害負担は自然の流れに思えたのかも。あの頃、鉄道会社は社会の上層部をしきる立場だった。20世紀初頭の大富豪の多くは、鉄道普及に支えられた台頭したファミリービジネスだった。(ロックフェラー、バンダービルト、等々)
確かに、この時代の判例の多くは鉄道会社を訴えるものが多かったような。民事訴訟法で習った有名なケースも、線路の近くで大怪我をした男性が鉄道会社を訴えたものだった。(ちなみにこちらも原告の敗訴に終わっている。Erie Railorad Co. v. Tompkins.)
最後に。。。なんであのニューヨークの駅に重量計があったのだろう?この疑問だけはなかなか調べても分からない。アメリカの鉄道史に詳しい方がいたら是非教えて欲しい。当時は蒸気機関車だったろうから、積載荷物の重量制限はシビアな問題だったのかも?あの重量計はいったい何を計る目的のものだったのか。
ちなみに、Palsgraf家はその後も不運に見舞われる家系としても知られる、とか。子供、孫の代まで大怪我が絶えず、その度に裁判に臨むものの、一度も賠償金を勝ち取るにいたらなかったらしい。
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