2009年9月29日火曜日

Where are you from?

Where are you from? ご出身はどちらですか?というのは初対面の相手にごく普通に聞く質問。(*注 最後に書きますが、場合によっては不適切な質問となる場合もあります。)

私が行ったロースクールでは生徒全員の顔写真を掲載したアナログ版「Facebook」というものがあった。生徒一人一人の「名前」「出身大学」そして「出身地」が書かれている。つまり、どこから来たかは基本情報一つ。ふと考えると、これって力士の紹介に似ている。土俵にあがる時、テレビ画面に出るのは四股名、所属部屋、そして出身地。

というのはさておき、今日は「モノの出身地」の話。何でできていて、ブランドは何で、そしてどこから来たのか。「Made in ...」が必ず刻印されている。これって、消費者としては結構重要な情報だったりする。どこで作られているのか知りたいし、購入判断にも大きく影響する。

「Made in...」表示、法的には「Rule of Origin」という。モノの「起源(Origin)」の表示に関わる最初の法規制は大元をたどると1930年に遡る。

Smoot-Hawley Tariff Act of 1930」がこれに当たる。その名の通り、基本的には関税法。制定当時の関税関連規定(関税率や対象品目)の殆どがその後撤廃もしくは改正されているが、大枠はそのまま残り、今でも関税および国際通商に関わる規定を展開するプラットフォーム的役割を担っている。(出典:Wikipedia)

法案の制定は1930年だが、最初に下院で起案されたのは1922年。8年越しで議論していると当然、その間に時代背景も動いている。1928年末には第一次世界大戦後の食料不足や拡大する貧困を克服する公約を掲げたフーバー氏が新大統領に当選、翌1929年秋には世界大恐慌が始まっている。フーバー大統領が議会に最初に提案した改正案は農産物の関税を引き上げ、逆に産業物資では引き下げるという「アメリカ農業・農家保護」を目的としたものだった。ところが、広がる不況の風を受け、「私も、私も」と同様に保護を求める声が随所からあがり、収集がつかなくなったらしい。

最後には農作物だけでなく全ての産業物資の関税を引き上げるという「超保護政策」的内容となってしまった。反対の声ももちろんあり、フォード自動車のHenry Ford氏はホワイトハウスに泊まり込んでフーバー大統領に直訴したらしい。(上記引用のWikipediaより。)(ホワイトハウスに泊まり込めること自体がさすが、という感じですが。)

そんな保護政策は国際通商のルールに照らして、あり得ない!と大変な反発がおこり、各国が米国への報復関税を導入するという一大「関税鬼ごっこ」が起こった。その結果、政府発表の統計によれば1929年から1934年の5年間で国際貿易取引が66%減少するというとんでもない状況になってしまった。これが大恐慌を長引かせた要因の一つ、という見方もあるようだ。閉鎖的な保護政策は「悪」。逆に、オープンに物・人が国際的に流通することが「善」といった議論の際にこの1930 Tarriff Actが過去の反省材料として未だに引用されるようだ。

話をもとに戻すと、1930年関税法のSection 1304 「Marking of imported articles and containers」に「原産国表示義務」が規定されている。

"Every article of foreign origin (or its container) imported into the United States shall be marked in a conspicuous place as legibly, indelibly, and permanently as the nature of the article (or container) will permit in such manner as to indicate to an ultimate purchaser in the United States the English name of the country of origin of the article."

(米国に輸入される物品(あるいはその入れ物)は最終購入者に分かり得るような方法で、原産国を(英語で)表示しなければいけない。表示は恒久的かつ明確でなければいけない。)

関税対象物品であるか否かは別として、アメリカに入ってくるものはとにかくすべて出身地を明確にせよ、というルール。違反者には課徴金だけでなく、懲役をも含む罰則があり、結構シリアスだ。

原産国表示義務はモノによって今ではいろいろあり、たとえば自動車だったら「パーツはどこどこから来て,、組み立てはどこどこで行った」という表示になるし、食品も最近ではさまざまな表示規制がある。どこから来たのかに留まらず、オーガニック表示とか魚だと前に冷凍されていたのか。などなど。多種多様の表示規制があるがここまで調べるとなると本が書けるのでこの辺でやめておこう。

それよりも面白いのは「ブランド」としての工夫が施された出身地表示。昔は「安かろう、悪かろう」の代名詞だった「Made in Japan」。今では品質やセンスの良さを感じるブランドになっていると思う。(SONYの盛田昭夫氏の自伝、「Made in Japan」というのもありましたね。)

中国人の知人が田舎に持っていくおみやげを買うのに難儀する、と言っていた。Made in Chinaモノは持っていけないし、かと言ってMade in Americaモノはあまりないし。。。アメリカ産のものと言えば「Made with Pride in the USA」という赤白青の国旗マークつきのものを時々見かける。大学のアパレルとか、メジャーリーグ系ロゴ入りスポーツグッズで多い気がする。この辺ってたぶん、アメリカ製をとくに推奨しているのでは、と予測する。出身地に基づいた「特別待遇」みたいなものかな。

あとはApple製品の「Designed in California by Apple, Assembled in China」とか。アメリカで売っているLacosteのポロシャツは「Designed in France, made in Peru」と書かれている。出身地は正直に書かないといけないけど、同時に「かっこ良く」見せることだってできる。

かっこいい「ブランド出身地」といえばやっぱりフランスとかイタリアのヨーロッパ系が主流かも。以前、「Made in Italy」の定義をめぐるこんな話もあった。イタリア製というのはイタリアで、イタリア人の手が施される必要があるのか?イタリアで、でも中国人労働者が作っていてもMade in Italyなのか?あるいは最後の一工程がイタリアで行われるならいいのか?それでも「イタリアの魂」が宿る、イタリア製と言えるのか?と。

そこまで突き詰めていくとキリがないような。。。 最後は表面上の「出身地表示」よりも中身で勝負したいところだが、モノによっては「どこどこ産」そのものが商品価値となっているため、よりオーセンチックな出身地ストーリーが必要になる。

ちなみに、モノの場合は出身地をベースに差別したり(=関税をかける)、優遇したりするのはいいけど、人間に対してこれをやるのはアメリカではご法度。「国籍や出身をもとに差別をしていけない」ルールが社会の随所に浸透しているので、「Where are you from?」やそれに相当する質問は場合によって(例えばJob interview)不適切となるので注意要です。それこそ、出身という「上っ面情報」よりも中身で勝負、というメッセ-ジングでしょうね。




 

2009年9月21日月曜日

ウソはいけない。ウソをつくのに郵便を使うのはもっと、いけない。

先日@hokayanが「蟻さんが25匹、普通郵便で届いた」というTweetをあげていた。郵便ってすごいなぁ、こんなものまで運んでくれるんだ、としきりに感心。

日本だけとの比較だが、アメリカの郵送費は安いな、といつも思う。安い割に結構Reliable。 他のところではかなりいい加減な局面が多いアメリカの政府系サービスの中では筆頭の信頼性と言ってもいいかも。パスポートやSocial Security Number 証書という超重要文書でさえ、普通郵便で届く。しかも少なくとも私の個人的体験では確実且つ迅速に届く。ちなみにパスポート申請は郵便局で執り行う。郵便局とか郵便が実は人生の大事な局面に関わっている。

そんな重大な役割を担う郵便屋さん。従業員はみな連邦政府に雇用された国家公務員。一応「国事」に関わる職種であり、米国市民であることが条件の一つ。永住権しか持たない私はどれだけ職業適正が高かったとしても、残念ながら郵便屋さんにはなれない。

国事に関わるだけでなく、結構危険も伴う。2001年9月11日の同時多発テロ事件の直後、「Anthrax」という毒物を入れた郵便物が国会議員やメディア宛に送られ、その封筒の扱いに関わった郵便局職員が被害を受けるバイオテロリズム事件があった。首都ワシントンDC周辺の郵便局や国会議事堂が清掃のため一時閉鎖され、清掃作業はその後も4−5年続いたらしい。

たかが郵便、されど郵便。何が入っているか分からないし、悪用しようと思えば意外に簡単にできる。そして法的には悪用行為そのものだけでく、「何か悪いこと」の実行手段として郵便を使うこと自体が刑事罰の対象になっている。これが良く聞くところの「Mail Fraud」というもの。

Mail FraudはUnited States Code Title 18, Chapter 63 に規定されている。例えば、ウソの商品を郵送した場合、「ウソ」そのものに対する罪の上に、最大20年の懲役を伴うMail Fraud罪もついてくる。(Section 1341) また、虚偽や架空の名義/住所を使って郵送するのも御法度の対象。こちらは懲役最大5年の罪になる。(Section 1342)

なので、たとえば@hokayanに送られてきた蟻さん。本当は違う生き物だったりしたらそれはそれで当局の取締り対象に勿論なります。その上に、郵送で送ってきているので、さらにMail Fraud罪もくっついてくるという結果になり得る。

脱税や虚偽のインサイダー取引といったホワイトカラー系の犯罪の場合、ほぼ確実と言っていいほど起訴罪状に含まれる、Mail Fraud。有名なところではEnronのKenneth Layや脱税でつかまったホテル界の女王、Leona Helmesly。いずれもしかり、だった。

フィクションの世界だが、法律ミステリー系の第一人者John Grishamの人気小説、The Firmにも最後のオチとして登場した。(Tom Cruise主演の映画にもなっています。)大手法律事務所のパートナー弁護士とクライアントが結託して巨額の富を横領、ケイマン諸島のTax Havenに隠す隠蔽工作を行っているのを、主人公である若い優秀なハーバード出身弁護士とその秘書が徐々にその全貌を紐解いていく。連邦捜査局(FBI)は彼らによる証拠収集を待って、起訴するべく待ち構えている。ところがクライマックスに登場するのは「依頼人に不当な請求書を送った」および「Mail Fraud」という罪。多分、このあたりをとっかかりにまず逮捕をし、さらに取り調べた上で起訴項目を累積していくんじゃないかな、と予測するが...それにしても読者としては最後に「ふーーーん、それで捕まっちゃうの?」とがっかりさせられたのを覚えている。もうちょっとそれなりのシリアスな罪状の方が納得できたのに。

刑法は専門外なので勝手な想像になってしまうが、おそらくMail Fraudというのは起訴も立証もしやすい罪なのだと思う。検察にとってはある意味便利ツールのような役割もあるのではないだろうか。ちなみに「Wire Fraud」という電波通信を用いた場合の同様の規定もあり、例えば電話やインターネットを介したコミュケーションはその対象となる。

EメールやFacebook、Twitterといったソーシャルネットワーキングサービスを介したコミュニケーションの比率が圧倒的に高いため、郵便を殆ど使わなくなって久しい。逆にパスポート、税金の申告、支払いチェックといった「大事」なことでお世話になっている。「Mail Fraud」という名称は現代にそぐわない感はあれど、今も引続き刑法上の威力を発してくれているのは実は有り難いことなのかも。







2009年3月17日火曜日

天才的ひらめき

特許法に触れる機会は学生時代も弁護士としてもすごく少なかったこともあり、ごく表面的な基礎知識がないことを先に告白しておく。このブログ読者には特許専門家もいらっしゃるのでちょっと緊張。特許法に関して的外れな部分はご容赦のほど願います。

米国特許の三本柱として次の要件が言われる:
  • Usefulness/Utility  (有用性、実用性)
  • Novelty (新規性)
  • Non-obvious (非自明性)
どの一つが欠けても特許の有効性を否定することになってしまう。

特許侵害訴訟においては、侵害対象となった特許の有効性がまず争われることが多い。一般的に「Validity Phase」と言われるステップだ。特許庁審査を経て一旦は成立した特許であっても、裁判判断により特許が「無効」とされることもある。特許が無効であれば、侵害の有無に関する判断(=「Infringement Phase」)すら不要ということになってしまう。

Validity Phaseにおける「特許無効判断」が控訴され、その控訴の過程で特許成立の様々な条件、要件解釈につながる判例が多くうまれている。その判例のひとつに Cuno Engineering Corp. v. Automatic Devices Corp. (314 U.S. 84)がある。1941年、連邦最高裁判所の判例だ。

裁判の争点になったのは「Mead Patent」と呼ばれる、1927年出願、1929年に成立したもの。乗用車についている「シガレットライター」。ポンと押し込むとスイッチが入り、ライターが温まる。十分に温まったところで着火準備OK、タバコに火をつけられる。この基本メカニズムは20
年代の頃からあまり変わってないようだ。判例を読むと実に細かく、ライターの進化が説明されている。最初は発熱コイルが繋がったままだったのが、1921年に成立したMorris 特許により「ワイヤレス」なものに進化した。発熱コイルがライターの「筒」の部分に内蔵され、その筒をライターケースに装着し押し込むことで発熱体が起動される。ところがワイヤレスになったものの、「押し込む」ステップは手作業に頼っていた。(手で押さえないと発熱が途中で止まってしまう。)

そこにMeadさんが発明したのは完全自動発熱ライター。押し込んだままの状態で放置しても後は温度制御装置により適切な温度に到達し、用事が終わると自動的にクールオフする、というものだった。

Mead特許は果たして、特許性があったのか?特許としての要件を満たしていたのか?裁判は一転二転し、最高裁判所にまで至った。結論から言うと、裁判所の判断は「特許無効」。

"Mead's addition to the so-called wireless or cordless lighter of a thermostatic control . . . was not an invention, but a mere exercise of the skill of the calling, and an advance plainly indicated by the prior art. That Mead's combination performed a new and useful function did not make it patentable. The new device, however useful, must reveal the flash of creative genius, not merely the skill of the calling."

要約すると、これまでの技術の流れの自然の延長線上にあり、職人的技術を磨いたにすぎない。Mead氏が編み出した新しいコンビネーションは新しい、実用的な機能を果たしているが特許性には至っていない。特許に足る新しいデバイスというのは「天才的ひらめき」を表すものであるべき、と。


この「天才的ひらめき」はその後、1952年に現在の特許法が導入されるまでの10年ほどの間、特許有効性の一つのスタンダードとされた。「天才のひらめき」によるものなのか、ただの職人技なのか。いくつもの裁判がこの点に焦点をあてていただろう。

それにしても、天才のひらめきって一体。。。なに?「発明」のイメージに重なる感じはする一方、曖昧かつ主観的で法解釈の基準としては何とも悩ましい気がする。


法的には1952年の特許法改正により上記三つの柱が正式に法制化され、以降「Flash of Genius」要件はNon-obvious (非自明性)のスタンダードに変わっている。確かに、「自明かどうか」という方が「天才的かどうか」よりも正当な判断基準と言えるだろう。


さて、現在「Flash of Genius」を検索するとトップに出るのは上記のライター判例でなく、2008年の同名の映画だ。マイナーな映画で終わってしまったようだが、とても面白かった。


フォード、クライスラー、GM −  アメリカ自動車業界ビッグ3を一人で相手取り、多額の賠償金を勝ち取る勝訴にいたった発明家、Robert Kearneの「訴訟半生」を描くもの。おすすめの一作だ。


Kearne博士が発明し、自動車メーカーとの訴訟の対象になった特許はワイパーの新しい機能。1969年成立のもの。今ではほぼ全車に標準装備されている「Intermittent」設定。ワイパーが一定の速度とリズムで動く標準設定に加え、小降りの雨に役立つ、断続(間欠)的スピードを可能にしたのがKearne博士の新しい装置だった。確かに、小降りの中で運転する時にワイパーが常に動いていると逆に前が見にくくなる。休み休み動いてくれるので十分なのだ。


今となっては普通のことだし、何気なく使っているが、当時は「おー、これは何と役に立つ!」と皆に驚かれたらしい。確かに当時のワイパー技術にすれば有用性があり、新規性もあり、非自明の技術と言えただろう。映画ではプロトタイプを搭載したKearne家ファミリーカーが登場する。待ちに待った小雨の日、家族は嬉々として車にのりこみ、Intermittent設定でワイパーONに。道行く歩行者、そして対向車、誰もが口あんぐりと見ている。「あれは、いったい、何がどうなっているのだろう」と。羨望のまなざしを受けて、ほくそ笑むKearne博士。その辺りの描写がとてもリアルで面白かった。


Kearne氏はこの発明を自動車各社に売り込み、特にフォード社が興味を示した。ところが納品の最終契約寸前で先方が突然に理由もなく断ってきた。後で分かったのは、フォードはどうやら「自分達で」同じものを開発したらしい。GMもしかり。クライスラーもしかり。


「自分達で」発明したなんてことはない。発明を盗まれた、特許の侵害だ。憤慨するKearne博士はビッグ3を相手に訴訟を起こす。ところが、地元デトロイト市(というかミシガン州全体)の経済の大黒柱に喧嘩を売るのは決して容易いことではない。会う弁護士ことごとく、尻込みするか、早期和解を促すばかり。最終的に、Kearne博士は自分で訴訟の代理人をつとめる決断をする。


苦節20年近く、こぎつけた裁判は1990年にやっと実現する。その長い道のりでは得たものもあったが、彼個人として失ったものも多かった。度重なる(しかもその度に金額があがる)和解オファーを断り続け、「金じゃない、自分が求めているのは「justice」だ」と語った。フォードは自分の技術を盗んだのだ。その泥棒行為を裁判という公的な場で暴きたい。それこそが自分の求める真の「justice」だと。


裁判の結果およびそこに至る過程で彼が払った代償は是非映画の方で見ていただきたい。ちなみに裁判での証言シーンでは彼の発明の発端になった「天才的ひらめき」が語られる場面もあるのでお楽しみに。特許訴訟における法的なレレバンスは低いものの、ヒューマンストーリーとしては面白い。


ある意味でKearne氏はヒーローだったのだ。発明家としてのピュアな志を最後まで貫き、一度もゆるぐことはなかった。彼が信じる「正義」の飽くなき追求はかっこ良くもあり、潔く映った。


雨の日、ワイパーのスイッチを入れながらいつもKearne氏を思い出すようになった。ご本人は2005年に亡くなっている。享年78歳。


2009年2月22日日曜日

Good Things come out of Bad Times

「百年に一度」とか「空前の」と言われる不況。アメリカでは「Once in a lifetime」と言われる。百年の寿命を全うできる人は少ないが、まあざっくり言えば「生きている間に一度は経験する不況の時期」ということなのだろう。なので、私の場合は今回限りで一生を終えることができそうだ。一度だけの超特別イベントということであれば、何とかしのげそうな気がする。

「人生一つ分」昔の1929年の世界大恐慌になぞらえられることが多い今日この頃。1920年代は「Roaring Twenties」と呼ばれ、一言で言えば「バブル」の時代だった。Great Gatsbyの小説/映画に描かれた、派手なパーティー続きの日々は高騰する不動産価格とうなぎ上りの株価に支えられていた。それが1929年10月29日「Black Monday」でガラガラと音を立てて崩れた。Black Monday以前にもバブル崩壊の様々な兆候もあったが、一般的にはこの日の株式市場暴落が大恐慌の端を発したとされている。

ここまでの歴史や、恐慌対策となったルーズベルト大統領の「New Deal」政策くらいは普通の歴史知識として持っていたが、その後ロースクール時代に大恐慌の違う一面を知った。

アメリカ証券市場を司る法律には以下の二つの柱がある。

Securities Act of 1933 (1933年証券法)
Securities Exchange Act of 1934(1934年証券取引法)

どちらも、80年近くたった今でも大きな枠組みは変わっていない。それぞれの法律のもとに細かい規制をまとめた「Regulations」が設けられ、こちらは随時改正されながら来ている。

法律の名前から分かるように、どちらも大恐慌後、というより大恐慌の教訓を反映して導入されたものだった。1920年代バブルは個人投資家マネーにより肥大化していた部分があった。猫も杓子も株で一山あてようと手持ち資金をつぎ込んでいた。

彼らは何の情報を元に投資判断をしていたのだろう。適正な投資判断がそもそも可能な状況だったのか。会社情報が均一に、広く、誰にでも平等にアクセスできる形で広まっていたのか。情報の不足、不均衡、不統一 − そんな背景により株式市場が適正を欠いていたのではないか、という反省があったのだ。

もう一つ背景的には、アメリカの州レベルでは証券規制が既に進んでいたに関わらず、連邦レベルでの法規制整備が遅れていたことだ。アメリカでIPO(株式公開)を行う場合、連邦証券法に則りSecurities Exchange Commission (SEC)に有価証券登録届出をすると同時に、各50州でもそれぞれの州の法規制に見合った届出や報告をする。州レベルでの法律を総称して「Blue Sky Laws」と呼ばれるが、これらの多くは実は古く1800年代から存在している。

大まかに説明すると、「証券法」は最初の有価証券届出、「証券取引法」はNYSEやNASDAQへの上場を終えた公開会社による継続的かつ定期的届出や報告義務を規定している。どちらも「情報の開示」が最大の目的。投資判断に重要な情報を全て公開するーこれは「sunlight theory of regulation」と呼ばれたらしい。「お天道様にさらす」ことを主旨とする規制。当時、こんな評論もあったとか

Congress did not take away from the citizen his inalienable right to make a fool of himself. It simply attempted to prevent others from making a fool of him.

(バカを見るのは本人の勝手。一方、相手に『バカを見させる』ことをする人がいるとすれば、それを防ぐことはできるはず。)

ロースクールの授業ではそんな歴史や、情報開示の理念を繰り返し習った。その後法律事務所勤務中は株式公開案件をいくつも手がけたが、そこでもこの二つの法律の深い歴史を実感したものだった。


さて、ワシントンDCの連邦議会でそんな法議論が展開されていた頃、ここサンフランシスコではまた違ったドラマが繰り広げられていた。有名なランドマーク、Golden Gate Bridge。全長2.7Km、建設当時は世界最長の吊り橋として名を馳せた。建設開始は1933年、4年の歳月を経て1937年に完成した。大恐慌後のサンフランシスコに雇用創世をもたらし、地元産業への貢献も著しかった。


Golden Gate Bridge建設は1920年代から計画されていたが、反対派の声もあり、建設着工および資金集めは遅れをとっていた。橋着工を担う特別委員会(Golden Gate Bridge and Highway Distric)がサンフランシスコおよび橋の北側の5つのCounty (郡地区)の代表者により形成されたのが1928年8月、最初の委員会が開かれたのは1929年1月だった。橋梁建設のための特別認可が米国軍から下りたのはなんと恐慌直後の1930年8月。次の最大難関はもちろん、資金繰りだった。


1930年11月、恐慌直後の「暗黒時代」の真っ最中に関わらず、$35 Millionの建設資金特別公債発行が地元住民投票にかけられた。公債発行提案者が個人の土地/家屋/資産を抵当として差し出すという異例のサポートもついたこのProposition。146,000対47,000の大差で通過した。(より詳細な歴史はこちらでどうぞ。)


「こんな時代に無理にこんなことしなくても」という声も勿論あったに違いない。


いや、逆風の今だからこそ、やる。風向きを変えるにはこれしかない、と果敢に建設に取り組んだ人達は当時のHEROだと思う。無謀とも言える、巨大なリスクをあの時に彼らがとっていなかったら。。。 Golden Gate Bridgeの美しいフォルムを見上げながら、Risk Taker達に敬意をはらうばかりである。


オバマ政権の$787 Billion 包括景気刺激対策が連邦議会を通過し、いよいよ発動の段階に入っている。細かく見てはいないが、この状況に至った過ちの数々から得る教訓やレッスンを反映しているだろう(と信じたい)。そして、Good Things come out of Bad Times という結果に是非なって欲しい。


そしてきっと「こんな時代だからこそ」というRisk Takerが今回も出現するのだと思う。Golden Gate Bridgeに負けない、すごいレガシーを彼ら/彼女らが残してくれるに違いない。


2009年1月25日日曜日

[番外編] FroYo 食べ歩き日記

前回ブログからもお察しできると思いますが、最近我が家はFroYoでかなり盛り上がってます。「ブログネタを追うため」という大義名分のもと、昨日は二軒をはしごまでしてしまいました。いずれはシリコンバレーFroYo屋さん全制覇をもちろん狙いますが、メジャーなところは一通り抑えたので今日は中間報告ということで。

まず最初に断っておきますが、どのFroYoもそれぞれに美味しいです。
その日の気分、お腹の好き具合、お天気、個人的好み、FroYoに何を求めるか、等々。食べる目的に合わせて行くのが通のやり方かと。あるいは私みたいに好きなところととことん付き合うのも勿論OK。その場合、他のお店での「浮気」は本命への愛の強さを再確認するためだけ、ということになります。

というわけで私の本命、Tartini から。(場所:(Cupertino City Center, De AnzaとStvens Creek交差点)ちなみにシリコンバレー周辺にはこの一カ所しかありません。というか、ウェブサイトを見る限り、世の中に一つしかないのかも。毎日11AM-11PM営業。

お店の内装は白とエメラルドブルーで統一。気取ってなくて、でも明るくて奇麗な店内。そしてなぜか、いつ行ってもそんなに混んでいない(のはなぜだろう!)。なので、ゆっくり座って食べれます。FroYoの機械がずらっと並んでいて、8種類くらいのフレーバーがあります。完全なセルフサーブ方式なので、その8種類を全部入れてもOK。容器はかなり大きいのでたっぷり入ります。次にトッピングをのせて、レジに持っていく。量りにかけて、重量によってお値段が決まります。以下写真にあるのでだいたい$4くらい。


酸っぱい系のFroYoとスイーツ系の両方があるけど、私は基本的に前者が好き。Original Tart, Lychee, Mango がおすすめです。しっかりとしたヨーグルト味のさっぱりとしたクリーム、という感じ。味と舌触りのバランスが一番いいと思っています。甘いのではコーヒー味もかなりいけます。チョコ、ナッツ、グラノラ、ココナッツ、シリアルとか、色々な乾きものトッピングがあって、果物もたくさん。個人的にはイチゴ、ナタデココ、そして粒あんトッピングが好きです。

あと、この「Do it Yourself (DIY)」方式だと本当に自分が食べたい味を自分が好きなように作るという、わがままな食べ方が可能なのも気に入っている理由の一つ。料金にはそんな「わがままプレミアム」が反映されるのかと思いきや、実は他のお店より値ごろ感が。。。

というわけで、我が家は全員揃ってTaritini贔屓です。

二番手はRed Mango (場所は Palo Alto Downtown, University Avenue沿い。Tartiniの近く、De Anza Blvd沿いとPinkberry の近く、Valley Fair Shopping Centerにもあります。→はしごも可能です。)

三つのフレーバー(Original, Green Tea, Pomengrante)から選び、大きさ(S,M,L) とトッピングを指定して、お店の人に作ってもらうのを待ちます。(写真はSサイズ)トッピングの種類はあまり多くなく、フルーツ系が中心です。宣伝文句は「All natural, and Good For You」。確かに食べていてヘルシーな感じはします。

すごくおいしいんだけど、Tartiniの方が味の「さわやか度」が高いような。甘みもほんわか程度なのにちょっと後味にべたつきが残るような。そんなわけで、Tartiniに大きくひけをとる程ではないけど、二番手の格付けです。Small サイズにトッピング一つで$3.50くらい。

Palo Altoダウンタウンのお店は結構せまい上に場所柄、とても混みます。内装はヒップでおしゃれな感じ。ちなみに椅子はお隣の「Design Within Reach」というモダンな家具屋さんにおいてあるものです。店内設置のLCDディスプレイにはYouTubeビデオとかFlickr写真がストリーミングされていて、「シリコンバレーっぽい」スポットの一つと言えるかも。

三番手は@chikawatanabeもご推奨のFraiche Yogurt  (Palo Alto Downtown, Emerson Street - Gordon Bierschビアホールの並び)。フランチャイズではない、独立店です。お店のファウンダー/オーナー (Jessica Gilmartinさん)はこんな方。Facebook本社に近いので社員御用達となっているとか。地元ベンチャーキャピタリストもご贔屓にしているらしいです。以下の写真はLarge サイズにトッピング6種という超豪華版。私は普通サイズにトッピング一個で$4.95でした。(他に比べて若干値がはる。)(写真:Robert Scoble, via Flickr。元ファイルはこちらこちら。)

Fresh and healthy, healthy, healthy. もちろん全てオーガニックで、随所にこだわりが伺えます。美味しいヨーグルトが食べたい!という時にはおすすめです。文字通り、ヨーグルトをそのまま冷凍させた感じ。水分が多いせいか、若干のしゃりしゃり感があります。でも、ヘルシー度はおそらく一番かと。(朝ごはんにオートミールと食べる、というのもあるみたいです。結構美味しそう。)遅い時間まで色々なお客さんで賑わってます。

トッピングの一番人気はイチゴとのこと。あと話題なのはオーガニックチョコをその場でシェービングしてのせてくれること。これも興味をそそられましたが、私的にはヨーグルトとチョコの組み合わせはあまり気が進まず。。。でも今度トライしてみます。

続く四番手はMiyo (Los Altos Downtown, Main Street 沿い。お店のウェブサイトないみたいなのでYelpリンクで失礼します。)

これは地元のFroYo屋さん。地元ビジネスに貢献する意味でも行ってみました。TartiniみたいなDIYスタイルなのはいいけど、味は美味しいけどなんとなく中途半端。特筆すべき点がないのが残念。。。容器は大小あるので、ちょっとだけ食べたいという人は小さいカップで楽しむことも可能。地元散策中にまた立ち寄りたいお店ですね。アジア人オーナーのおじさんがいつもニコニコしてレジに立っています。

そしてトリはPinkberry (Santana Row) とFroYo? (Cupertino Square Shopping Center (もとVallco))の二つ。

Pinkberry はFroYoというよりあまりにアイスクリームっぽいので。。。Santana Rowには時々いくのでまたいつか食べる日は来るとは思うけど。店内は立ち食い基本だけど、外のベンチでカリフォルニアの真っ青な夏空の下で食べるのはいいかも。(ちなみに、このお店は場所がとてもいいので大繁盛すると思います。)

FroYo?はウェブサイトによるとまだオープン準備中となってますが、Yelp情報では開店オープンしているみたいです。ここもDIY方式。実はまだお店に行ってはいないけど、ヨーグルトの味は別のところで確認済み。(某G社カフェ)ここもちょっと中途半端な味で、しかも食感が「サクサク」という感じであまり盛り上がりません。フレーバーの種類は多そうだけど。わざわざこれだけのために足をのばす事はないけど、このショッピングモールに用事がある時には是非行ってみようと思ってます。

以上、中間報告でした。コメント、お待ちしています!


If it's too good to be true, it's usually not true?

巷で 「FroYo」が流行っている。(というかここ数年の流行と言った方が正しいかも。FroYo とは Frozen Yogurt(フローズンヨーグルト)の略語。)

整腸作用もあって、カルシウムも採れて、栄養価が高いヨーグルトが基本材料のため、酸味があってすっきりさわやかな味わい。いかにも体にも優しそう。しかもあまり甘くなくて、ダイエット中でも大丈夫そう。そんな「ヘルシー」イメージのFroYo。肥満が社会問題化するアメリカではFroYo人気に押されてアイスクリーム離れすら起こりそうな勢い。

私も実はFroYoは昔から大好物。アイスも大好きだけど、甘すぎるのが難点。カロリーも気になるし。。。 そしてふと気づくと雨後の筍のようにFroYo屋さんが周りに何軒もオープン。Red Mango, Tartini, Fraiche Yogurt, FroYo?、等々。どこに行っても大好きなFroYoが食べれる快適環境に。そしてついに、ハリウッド発祥の有名FroYo、Pinkberryもシリコンバレーにやってきた。地元随一のおしゃれショッピングセンター(と私が勝手に思っている)Sanata Rowにオープンした初日、真冬でしかも小雨模様に関わらずお店には長蛇の列ができた。(以下写真)

Pinkberryは2005年、West Hollywoodに小さな第一号店をオープンしてすぐ、あっという間に人気が広がり、待ち客の長い列が毎日続いた。オーナーは勿論嬉しい悲鳴だが、ちょっと困ったのは付近の駐車スペースのなさ。大好きなFroYoのためなら駐禁違反リスクも負う、というような報道もあった。

「All natural」「Non-Fat」「Healthy」が売りのPinkberry FroYo。食べる方も「美味くて、且つ体にいい」気がする。極端に言えば「毎日安心して(ダイエットを気にしないで)楽しめるデザート」。いくら食べても大丈夫、しかもこんなに美味しくて。。。そんな夢のような食べ物。

そんな夢見心地でPinkberryに足しげく通ったというお客の一人がLisa Sutton嬢。ところがどこかの段階で、何かのきっかけで、疑問に思ったようだ。これって、思うほど体に良くないのかも。。。と。本当に脂肪分ゼロなの?本当に低カロリーなの?こんなに美味しいものが、本当にそんなにヘルシーなの?

Sutton嬢はそこでPinkberryを訴えることにした。自分だけのためでなく、Pinkberry愛好者全員のために、集団訴訟(class action)という形で。(Lisa Sutton vs. Pinkberry, Inc. Case No. BC370909, Los Angeles Superior Court) 。残念ながら訴状を見つけることが出来なかったが、その後の和解公告によると、Sutton嬢のクレームは「all-natural (添加物ゼロ)、non-fat (脂肪分ゼロ)、healthy (ヘルシー)」は誇大広告であり、消費者に対する虚偽の発言だというもの。さらに、カリフォルニア州の規制による「Frozen yogurt」の定義も満たしていない、よって商品名にすら「ウソがある」とし、Pinkberryでこれまで費やしたFroYo代金およびそれまで受けた精神的苦痛への代償を求めた。

対するPinkberryはクレーム内容が事実無根との主張を通したが、訴訟の方は総計$750,000の和解金の支払いにより決着することに。和解金のうち$5000プラス弁護士費用がSutton嬢に支払われ、残りは地元の非営利団体への寄付金となった。)この訴訟についてはPinkberry websiteでも説明している。

カリフォルニア州のFood and Agricultural Code (食品/農産物に関する規制)にはFrozen Yogurtに関する規定があり、さらに関連規制として乳製品製造所についても細かいルールがある。33704条によれば、Pinkberryのような「FroYo屋さん」はFroYoのベースとなる冷凍ヨーグルトミックスはカリフォルニア州の許認可を受けた乳製品製造所にて作られるべし、となっている。つまり、お店で勝手に「冷凍ヨーグルトのもと」を作ってはいけないのだ。Pinkberryは当初自分のお店で全ての行程(ミックス配合/製造も含め)を行っていたが、どうやらこの点は法的にはNGらしい。Pinkberry サイト掲載のFAQによればこの点はSutton訴訟以前から州当局の指導のもと改善に向かっていたとのこと。

また、「ヨーグルト」の条件である乳酸菌などの「生きた酵母」が入っていることもNational Yogurt Associationにより認定され、「正真正銘のヨーグルト」であることを強調している。(店内にもその旨の表示が掲げられていた。)

食品安全が特に気になる今日この頃。食品パッケージに書かれた情報をどこまで信頼できるのか。あるいは記述されていない(消費者に開示されていない)情報もあるのではないか。残念ながらそんな不安は消えない。。。

結局頼りになるのは自分の味覚/嗅覚なのかもしれない。「ちょっと、違う気がする」と思ったら、それは大抵当たっていると思っていた方がいいのかも。Pinkberry FroYo、こんなに美味しいのに低カロリーって本当?

今日の食後の筆者の感想:以下写真は「Small」サイズ。Pinkberry提供の栄養表示によれば「1.5 serving」らしい。Servingあたり100カロリーなので、これ全部で150カロリーという計算になる。デザートとしては「軽い」部類に入る数字だと思う。そうとは思えない、クリーミーな舌触りはまるで「ヨーグルト味のアイスクリーム」のよう。That just seems too good to be true....

2009年1月22日木曜日

Can I have a Do-Over?

1月20日、バラック フセイン オバマ氏が正式に大統領に就任した。ドラマたっぷりの就任式には約180万人の老弱男女が全国から集まり(ワシントンDC市発表)、さらにテレビ中継は3800万人近くが視聴(ニールセン公表数字)。オンラインストリーミングの数字を抜いても4000万人が世界中から見守っていた。文字通り 「All eyes on Obama」、クライマックスの大統領宣誓。その歴史的瞬間に起こった二つの法的問題点があった。

その一  憲法上は1月20日の12時までに新大統領が正式に就任してることになっている。ところが、就任式次第の進行の都合上、宣誓が行われた時には12時を数分回っていた。その結果「リーダー不在の空白の数分間」が生じたのだろうか?

その二  「宣誓文」の読み上げが完璧ではなかった。

まずは冒頭部分、「私、Barack Hussein Obamaは。。。」の部分で宣誓執行役のジョン ロバーツ最高裁判事がフライイングをしたため二人の声がだぶったという「つまずき」があった。

次に、肝心の宣誓文そのもの。以前このブログ(「Where is Your Heart?」)で書いたが、宣誓の文面は憲法第2条に明確に規定されている。

"I do solemnly swear (or affirm) that I will faithfully execute the office of President of the United States, and will to the best of my ability, preserve, protect and defend the Constitution of the United States."

というもの。ロバーツ判事は始め、上記の太字部分を読み忘れたせいか、文章の最後に後で付け加えた。その間違いに気づいたオバマ大統領が一瞬ためらい、宣誓が中断。ロバーツ判事は再度同じ文章を読み上げたが、さっきと語順が違う。途中まで言いかけていた文をオバマ大統領がそのまま続けたため、結果的には大統領の口から出た「faithfully」の一語は憲法条文とは違うところに収まってしまった。

さて、この宣誓は有効だったのか?法律専門家の間で議論を呼んだ。

問題その一については、12時に前大統領の任期が終了していたため、大統領としての権威の移行は12時をもって完了された、というのが一般的見方でこの議論は終結している。確かに、修正憲法20条Section 1には以下の規定がある:

"The terms of the President and Vice President shall end at noon on the 20th day of January ... and the terms of their successors shall then begin."

つまり、正午の鐘とともにブッシュ大統領の任期は終わり、自動的に次の大統領の任期がはじまる、と。

一方、修正憲法22条の宣誓文の規定では「大統領として就任する前に」宣誓の言葉を述べることになっている。なので上記20条と合わせ読むと、12時前に宣誓を済ませるべし、といのが自然な解釈でもあるし、逆に宣誓に関わらず権威の移行は12時に自動的に行われたとの読みも成り立つ。歴史的にこの後者の解釈が採用されてきたようだ。(12時以降になったケースは以前もあったそうな。)

より難しいのは問題のその2の方。詳細に規定された宣誓文を斉唱できなかったことは残念ながら事実。12時に間に合わなかったのはともかく、内容にも問題あり、とは。。。宣誓の無効化議論により大統領の権力失意につながらないか、若干の懸念を残したスタートとなった。

そして最後は「最良の善後策はやり直すこと」とのホワイトハウス弁護士の判断に。もし私が同様の立場だったら。。。同じ結論になったと思う。この重要な場面で逆に「やり直ししなくても大丈夫」との太鼓判はどうしても押せなかったと思う。

問題となった宣誓シーンのビデオおよび「やり直し」の音声ファイルはこちらでどうぞ。

「やり直し」は執務開始初日の1月21日に行われた。判事としての正式の装いのロバーツ判事と普通のスーツ姿のオバマ大統領。ぴったりと息のあった宣誓文斉唱。ホワイトハウスの大統領執務室(oval office)での儀式はわずか25秒で終わったという。

やり直しは英語で「Do-over」という。しばらくは時代のキーワードとして活躍するかもしれない。